名誉会長・会長について

名誉会長・吉田タケオ氏について 

 

吉田タケオ (吉田武雄)

 

出身 束京都
1920年4月1日生
師事 ジョージ堀

概歴

子供のころからお兄さんと吉田兄弟としてアクロバットチームを

組んでいた。OSKにジョージ堀が教えに来ていたときに子役として

OSKにいたのをきっかけにタップを学ぶ。

 

8歳の頃浅草の金竜館にて「カッコ ーワルツ」をタップで

踊ったのを皮切りに、戦前は東宝劇団や新宿ムーランルージュにて活躍。

売り出し中の看板娘に恋をされムーランを 辞めさせられたと言う逸話も

残る。その後名古屋に渡り、約3年ほど名古屋劇場、大和座、

中日劇場を回る。大阪吉本に移籍。

 

12〜13歳の頃には既に大阪の松竹楽劇部のタップ講師となる。京都に移ってからは新興キネマや松竹演芸部に所属。また東宝劇団でも活躍した。タップの指導のため台湾に渡った経験もある。

 

戦中は北支那に 渡り、歩兵隊として戦争にも参加。年に2回程度仲間達にもタップを披露したと言う。中国にて手のひらを銃で撃たれ負傷したのをきっかけに帰国。そのまま終戦をむかえた。

 

戦後は新興演芸部に復帰。中村弘高や木戸しんたろうと同じ釜の 飯を食べる。また弟子である中野ブラーズと共に「USOチーム」や「吉田チー ム」と名乗り、政府から月給支給のもと、進駐軍回りをする。京都の北白川に自宅兼タップスタジオを構えて後進の指導にもあたった。

 

その後昭和34年頃東京 に戻り、日劇のタップ講師をつとめつつ、泉和助らと共にタップチーム「ビッグ エッグ」を組み活躍。日劇ミュージックホール等で踊っていた。3〜4年後解散した後は、文化センター等でタップ講師となる。

 

2000年に日本タップダンス協会を旗揚げし、会長を務める。2014年8月13日没。享年94歳。多くのタップダンサーの中でも特に情に厚い。

1994年から彼が監修している「タップダンスフェスティバル」は今でも毎年開かれており、日本最大級のタップの祭典である。

弟子

中野ブラザーズ、じん満、スリーステッパーズ、

スリー・トリオ・フランクス、中村浩之介 他

会長挨拶 

 

福沢良一

去る2014年8月13日、父である日本タップダンス協会設立者、吉田タケオが永眠致しました。

ここに改めて生前のご交誼に深く感謝し、心からお礼申し上げます。

この度、故吉田タケオの後任として日本タップダンス協会を引き継いでいく覚悟を致しましたので謹んでご報告申し上げます。故人の遺志を継いで日本タップダンス協会の発展に専心努力いたす所存でございます。

何卒前任者同様のご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。